monologue〜魔法が解けるその前に〜 シナリオ

Chapter 4

女性の面持ちが少し固くなる。
そして部屋の扉を開けて外を確認しようとした。

あからさまな女性の様子の変化にブリジットは驚きを隠せず、問いかけようと口を開ける。

「どうしたんで―」
問いかけようとした矢先、その言葉を制止するかのようにジェラールが冷静に切り出す。

「この時間は誰も起きては来やしないぜ。お嬢さんと俺たちの話し声程度じゃあな。
先月の三十日の金曜日、隣の家の夫婦が大喧嘩しても、
先週四日の水曜、五件脇の屋敷の犬共がけたたましく吠えまくっても、
そして今週十日の火曜、あのエッフェル塔に雷が落ちても、同じ時間、誰も起きることはなかったぜ。」

「――ま、お嬢さんが起きていたのは例外だったけどな。」

仮に女性を起こしてしまったとしても、この部屋の周りは誰もおらず、
ただ分厚い扉が何枚も廊下を隔てているので、
女性が叫んだ程度では誰にも聞こえないことを計算しつくして
ジェラールはこの部屋の中に入ったのである。

そんなジェラールの様子を見て、女性は初めて今までと違った表情をジェラールに向けた。
それは今まで会ってきた人間とは明らかに違う人間に向ける表情である。

「いいねぇ、いいじゃねぇか、その表情。
それじゃあ早速なんでそんなになーんも知らねぇのか、のびのびと語ってもらおうじゃねぇか。」

「そ、そうですね。では、お話しましょう。私が聴いてばかりというのも失礼ですしね。」

能力を誇示しているにも関わらず、決して他人を怯えさせない。
そして他人の家に不法侵入しておきながら自分の空間にしてしまう。
これもまたジェラールの不思議な魅力であった。

「私には許婚がいます。私などよりもよほど高貴なお方です。
私はその方にとって相応しい妻になるように、子どもの頃から育てられました。

清く、正しく、美しく。
その三つの言葉だけに秀でた人間に育てられていることは、
教科書とわずかな本だけの私の知識でも容易に理解できました。
私には余計だと思われる情報は全く与えられません。

新聞も読んでみたいけれど、
"余計なことがたくさん書かれている"と言って、父が決して読ませてくれませんでした。

他人との接触も限られています。
会えるのは家庭教師とこの家の使用人、そして父と母だけです。

皆、父と母の思い通りに動く操り人形。
私が父と母以外の者と話す時はいつも母がぴったりとついていて、
彼らは母の顔色ばかり窺っています。

そんな生活ですが、何も余計なことをしなければ皆優しく接してくれます。
お料理が上手に作れたり、学力が少しでも伸びたりした時は皆大いに褒めてくれます。

皆きっと私のことを愛してくれているのだと思います。
だからこそ、私は文句を言わず、その愛に答えなければならない。

きっと、あの方の相応しい妻になれるように・・・・・・。

あ、申し訳ありません。余計なことまで言ってしまいました。」

その話を聴いたジェラールとブリジットは怒りに打ち震えていた。
この女性とは正に対極に位置する生まれであるものの、
自由奔放に生きてきた二人である。

人の自由を阻害する人間への怒りは、何にも増して強大なものなのだ。

「・・・お嬢さんは、それで楽しいのかい?」
怒りを押し殺してジェラールは冷静を装い訊ねる。

「それは・・・確かにそれは・・・。お屋敷の外のことも知ってみたいけれど・・・。
きっと・・・皆を裏切ることになります。私は皆の愛に答えなくてはいけないの!」

女性は初めて声を荒げた。
しかし、ジェラールは気圧されることはない。極めて冷静に話し続ける。

「・・・ちがうな。そんなのは愛じゃねぇ。
少なくとも、使用人とやらはお嬢さんのことを愛しているというより気の毒に思ってるはずだ。

それこそ操り人形のような生活をさせられてさぞ窮屈だろう、ってな。
それに、その親も親だ。親の愛っていうのはな、無償なんだ。

何か引き換えがあるから娘を愛して育てる
なんていう親はどこにもいやしねーんだよ。

いたとしたらそれは親なんかじゃねぇ。親の面をしてるだけだ。
俺は親の顔もしらねぇ独り身だが親ってのはそういうもんだと思ってる。」

この言葉を聴いた女性はとうとう泣き出してしまった。
女性は、今までの自分の苦悩を総て否定されと思ったのか、
今までになく悲痛な感情を発露した。

「じゃあ、じゃあ!私はどうすればいいっていうの?
教えてください!・・・教えてください・・・・・・。」

大粒の涙を流す女性はジェラールに詰め寄ってくる。
女性はジェラールの前で膝を突くと床に崩れ落ちてなお泣いていた。

そんな女性の前にひざまずき肩に両手をかけると
ジェラールは女性の耳元でそっと囁く。

「本当は、外に出たいんだな?」

それに泣きじゃくりながら女性は何度も頷く。

「それじゃあ、今宵は君を盗んで行くことにしよう。」
ジェラールは堂々と宣言する。

「・・・そんなことをしたら・・・」
女性は涙に濡れ赤く染まった目をジェラールに向けたが、
その視線を真正面から受け止めてなおジェラールはこう続ける。

「大丈夫だ。盗むのはこの俺だ。」

何の根拠もない一言だが、
裏づけがあるのではないかと感じさせるほど強い魅力がジェラールには確かにあった。
そして、その一言を聴いた女性は確かに安心し、確実に自分を取り戻しつつあった。

「これから盗むものにこんなこと訊くのもなんだが、一応訊いとくぞ。本当に盗んでもいいな?」

そう問いかけたジェラールの表情はいかにも優しげで、
それこそ盗みを働いているようには思えないものだった。

「はい。」
女性ははっきりと答える。

返事を聴いたジェラールは、優しく女性の手を取るとその場に立たせ、
近くに置いてあった椅子まで手を引いて連れて行くと、また穏やかな口調で訊ねる。

「お荷物はいかが致しますか?お嬢様。」

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