monologue〜今宵、盗みます〜 シナリオ

Chapter 3

「で、だな・・・・・・。」
ジェラールは疲弊しきった面持ちをしていた。

それを見つめるブリジットも似通った面持ちをしている。
一方ジェラールの話を聴いていた女性の表情は数十分前となんら変わっていない。

「あー、そうだな、ルーブル美術館からドラクロワの絵を盗んだ時の話をするか・・・。」

「親分・・・、もう埒があきませんよ・・・・・・。」

「あー、まー、ここまで言ったんだから話させろ。それでだな――」

「――そんなことが・・・・・・それは大変だったでしょうね。」

ご想像のとおり、このように数十分間ジェラールは過去の武勇伝をいくつも女性に話し続け、
結果、これと同じ反応が毎回返ってきたのである。

流石のジェラールも驚くばかりではなくこの女性に対して、
自分の価値がいかほどであるかを思い知らされ、無力感に打ちひしがれていた。

「・・・。」

「親分・・・もういいでしょう。この人に構うのはこの辺にした方が身のためですよ・・・・・・。」

いたたまれなくなったブリジットが、ジェラールに耳打ちしたが、
それもジェラールには届いていなかった。
ただ、虚空を見つめぼんやりと何かを考えていた。

「で、次はどんなお話をしていただけるのですか?」

不意に言葉をかける女性に、ジェラールは惨めにも直ぐ反応することができなかった。
そして、しばらくして口を開いた。

「実はな・・・・・・。」

一言を置いて部屋に沈黙が走った。

「実はこのジェラールは先日、レジオンドヌール勲章を授与されたのだ。」

「・・・・・・ちょ。」
ブリジットは目を丸くして、ジェラールの言葉を遮ろうとするが、
ジェラールは目と顎の所作でそれを静止した。

レジオンドヌール勲章といえば、この国の最高位の勲章である。
著名な作家や学者または軍人や政治家に与えられるこの勲章を授与されれば
誰もがその名前を知ることになるというほど権威ある勲章なのだ。

確かにジェラールはこの国の者なら知らぬものはないというほど、
著名ではあるが何せ職業は大怪盗である。

勲章などとは縁遠い存在であるのは誰の目から見ても一目瞭然だ。
つまり真っ赤な嘘なのである。

――が、当の女性は、
「それは素晴らしいことですね。お目見えできて光栄です。」

と表情こそ多少明るくなったものの、
反応に関してはほぼ全くと言っていいほど変化はない。

ジェラールとブリジットは、この言葉を聴いて愕然とした。
女性はジェラールのことを何も知らないばかりか、
この国の社会の常識すら通用するのか危ういということである。

しかし、ジェラールにはこんな驚愕よりも、より強い感情が芽生えていた。
自責の念である。

子ども騙しのような嘘を吐いて女性を笑わせようとした自分への自責の念、
それがジェラールを苦しめていた。

「・・・くそ・・・・・・。なぜあんなことを言っちまったんだ・・・・・・。」

"エレガント"を信条としているジェラールである。
今まで例外なく、始めから終わりまで総てが綿密な計画のもとに実行され、
あたかも複雑に見えて解は明快である数式のような美しさを持った数々の盗みを行ってきた。

そんな大怪盗がその"エレガント"な盗みの過程、無知な女性と出会ったというだけで、
決して"エレガント"とは思えぬ出まかせを言ったのである。
アイデンティティーの危機と言っても大袈裟ではないかもしれない。

「今日はこの辺で帰るか、ブリジット。」
力なくジェラールは言う。

「親分・・・・・・。」
ブリジットにもわかっていた。ジェラールがなぜ急にそんなことを言い出したのかを。

「帰られるのですか?お見送りはできませんが・・・。それに絵はよろしいのですか?」
女性は調子を変えず声をかけてくる。

その言葉を聞いたジェラールは力なく振り返ったかと思うと、
何か気づいたのか閃いたのかそれとも驚いたのかそういった類の表情を一瞬見せ、
すぐに冷静さを取り戻すと女性に落ち着いた口調でこう言った。

「ああ、今日はもう帰る。――が、最後に一つだけ聴かせてくれ。
ちょっと失礼な言い方になるがお嬢さんはどうしてそこまで何も知らないんだ?」

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