monologue〜今宵、盗みます〜 シナリオ

Chapter 2

「やあ、お嬢さんこんばんは。」

扉を開いて最初に目をつけた一室に侵入すると早速、一人の女性に見つかってしまう。
面食らった表情はしていたものの、大声を上げないことに逆にジェラールが言葉に詰まってしまった。

何を話そうかとジェラールが考えていると、女性は落ち着いてこう問いかけてきた。
「こんな夜更けに、どちら様ですか?」

それを聴いたジェラールは得意満面、いつもの口上を高らかに述べる。
「よくぞ聴いてくれました。私こそが大怪盗・ジェラールでございます!」

が、女性は表情を変えることなく淡々とこれに応える。
「まぁ・・・、泥棒さんだったんですね。できれば乱暴はよしてください。」

この様子に流石のジェラールもうろたえた上、
あたかも暴力を振るうような言い草に対して頭に血が上ってしまう。

が、そこは"エレガント"を信条とするジェラールである。
決して激昂したりすることはない。

あくまで冷静を取り繕い女性を諭すように言う。
「何を言うんだいお嬢さん。この大怪盗ジェラールが乱暴なんてするはずがないだろう。
それに泥棒じゃなくて怪盗だよお嬢さん、そこんとこを間違っちゃいけねぇぜ。」

そんなジェラールの弁明を前にしてなお、女性は表情を崩さず首をかしげて
ジェラールのことをぼんやりと見つめている。

「そうです。親分はときどき間抜けですが暴力は絶対に振るいませんよ。」

「間抜けは余計だぞ、ブリジット。」
ブリジットも合いの手を入れるが、女性の様子は変わらない。

そんな女性に痺れを切らしたジェラールは、
最も訊ねたくないであろう問い掛けを女性に投げつける。

「・・・・・・もしかして、この大怪盗のことをご存知ない?」

当初の威勢はどこへやら、非常に弱弱しい問い掛けだった。
その問い掛けから、間髪いれず女性はきっぱりとこう告げる。

「ええ、存知上げません。」
ジェラールとブリジットは顔を見合わせて目を丸くする。
師弟で驚くほど瓜二つの表情である。

「おいおい、こりゃ傑作だぜ。」

「私もびっくりですよ。」

過去、新聞に幾度も取り上げられ、この国は愚か近隣諸国でも、
最高級の芸術品を盗み続けてきたジェラールである。

文字通り当世一の大怪盗、更にその手口が非常に華麗で、
過去一人として人を傷つけたことがない事から、
彼は一部の人間からは英雄視されるほどであった。

そんなある意味では国の英雄とも言える彼を知らない女性を目の前にして、
どんな高価な芸術品を目の前にしてもうろたえることを
知らなかった大怪盗師弟は大いにうろたえていた。

「いいかい、お嬢さん、きっとお嬢さんはびっくりして気が動転してるんだ。
だからそんなことを言うんだよ。俺を知らないはずはない。
俺はジェラール。大怪盗・ジェラールだ。大事なことだからニ回言ったぞ。
どうだ?これでも知らないってのか?」

ジェラールはこれでもかというほど念を押した。しかし、

「申し訳ありません。でも、本当に知らないの。」
女性の表情はぴくりとも動かない。

それをきいたジェラールは完全に表情を失ってしまい、
何を言おうか考えあぐねていると、それを見かねたブリジットが耳打ちをする。

「親分、本当にこの人は親分のことを知りませんよ・・・。それよりさっさと・・・。」
しかし、ジェラールには耳打ちは聞こえていない様子だった。
なんとかこの女性をあっと言わせてやろうと、文字通り必死になっていた。

そんな大怪盗師弟の様子をぼんやりと見ていた女性は、ブリジットの耳打ちを遮る様に尋ねる。
「あの・・・それで今日は何を盗みにいらしたんですか?」

必死に思案していたジェラールだったが、この一言でその思案の総てが吹き飛んでしまった。
気づけば、今度はジェラールとブリジットが、呆然と女性を見つめていた。

が、すぐにぽかんと開いた口に気づいたのか
ジェラールは表情を作り直すと、藪から棒にこう言い放った。

「あー、そのなんだ。あれだ。ミレーの、おい、なんだっけ?」

「ミレーの『晩鐘』です・・・・・って親分!」

「そう、それだ。ミレーの『晩鐘』を盗みに来たんだよ。」

その様子を変わらず落ち着いた表情で見守っていた女性は少し目を丸くすると、
「あの素敵な絵のことですね。それにしても、ずいぶんと正直な泥棒さんですね。
確かにその絵はこの屋敷にあります。」

「ほほう、それでなんだいお嬢さん、まさか在り処を教えてくれるとでも言い出すのかい?」

自嘲気味にジェラールが問いかけると、
女性は何か思いついたような顔をしてすぐに返答した。

「そうですね。何か面白い話をしていただけたら絵の在り処をお教え致しますわ。」

大怪盗師弟は再び目を丸くして顔を見合わせた。

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