私は今、旅行中だ。それも海外である。 女子高生が一人で海外旅行なんて、親が反対するのも最もだ。 私が親の立場でもきっとそうするだろう。 ――それでも私はここに来た。この懐中時計を動かすために。
気まぐれに入った路地に雰囲気のいい小さな骨董品店を見つけた。 建物からしていかにも古めかしい。 当然、周囲の建物と見比べても完全に浮いていた。 そんな街の小さな異空間へと足を踏み入れていく。
所狭しと並んだ西欧アンティークの中に客は私一人。まあ思った通りだ。 早速私は店内をうろつく。どれも美しいだけあって値も張る調度品ばかりだ。 そんな中、一つ値札のついていない懐中時計が目を奪った。 蓋が開いていて、中が見える。 時計の針が動いていない。 私はその時計がどうにも気になってしまい、つい店主に尋ねてしまった。
「すみません。この懐中時計おいくらなんでしょうか?」 「それは動かない時計ですからね。お客さんの言い値でかまいませんよ」 「修理はできないんですか?」 「ちょっと凝った作りをしてましてね。日本には直せる職人さんがいらっしゃらないんですよ。 かといって、海外と言ってもどこの国に直せる職人がいるのかもわからないですしね」
「そうそう、実はね。その時計の脇に置いてある紙の切れ端5枚、 それは時計の蓋の中に差し込んであったんですよ。 それも一枚一枚、何か一言書いてある。なんだかロマンチックでしょう?」 「なんて書いてあるんだろう……」 「生憎、私も意味を忘れちゃいましてね。 その言葉の圏内に時計のルーツがあるとは思うんですがね。 なんとも曖昧なことしか言えず申し訳ない」 英語でも日本語でもないので、言葉の意味はわからなかったが、 この言葉たちには、今まで私が見てきた印刷された文字はおろか書かれた文字にもない不思議な感覚を覚えた。 「――すみません。この懐中時計ください。」
「日本語に訳すと“愛情”と言う意味のこの言葉が母国語の国に来ています。判りにくいかなー」 録画機能を使いながら、手前に懐中時計をかざし、状況説明を付け加える。 ここは噴水のある有名な観光スポットの広場だ。 「わくわくして本来の目的を忘れてしまいそうです――」 そう言って、懐中時計を大映しにし、カメラの前から避けると、そこには信じられない光景が広がっていた。